「ピンポーン」  1月下旬の平日。東京都江戸川区にある8階建てのマンションの一室でインターホンが鳴った。このマンションはオートロック式のため、来訪者は一階の出入り口にあるテレビモニターつきのインターホンを鳴らし、居住者が確認後、室内からカギを開ける。 昼下がりだったので、住人の主婦はセールスマンかな、と思いつつ受話器を取り、「はい、どちらさまですか」と尋ねてモニターを見ると、だれも映っていない。返事もないので、不審に思いながら受話器を置いた。 夕方になってマンションは大騒ぎになった。6、7階の四部屋に空き巣が入っていたのだ。預金通帳、印鑑、キャッシュカード、保険証、子供のお年玉、買ったばかりのパソコン、貴金属類などがごっそりと盗まれた。  駆けつけた警察官は、被害に遭った住民たちに「犯人はインターホンで留守の確認をした後、ピッキングという方法で玄関のドアのカギを開けて侵入した」と、手口を説明したという。  保険証を盗んだのは、家族の生年月日などからカードの暗証番号を割り出すためとみられている。いずれの部屋も荒らされたような痕跡はなかったという。 別の住民は「前にも閉めておいたはずのドアが開いていたことが何度かあったが、室内が荒らされていないのでそのままにしていた。やっぱり泥棒だったのか…」と、がっくりと肩を落とした。今回の事件後、不安になって調べてみたら、部屋にあった通帳類がなくなっているのがわかったからだ。 ピッキングとは、耳かき棒の金属棒を2本、かぎ穴に差し込んでこじ開ける手口だ。犯行を知ったある主婦は、「ついにやられた」と思ったという。 というのも、周辺の二つのマンションで、昨年10月ごろか同じ手口の空き巣事件が連続して発生。今年1月には、近くの警察官から、「プロの窃盗団によるピッキングの空き巣が多い。貴重品は持ち歩くぐらいしか防御策はない」と注意されている矢先だったのだ。  ピッキングの手口による空き巣被害は、数年前から全国的に広がっている。とくに首都圏で激増しており、警視庁管内では1996年に約数100件だったのが、一昨年には10倍以上の千百件。昨年は約6千件と、1年間に5千件も増えている。 「外国人窃盗団の犯行は、今年になっても勢いは衰えていない。中国人を中心に、韓国、フィリピンなど多国籍の複数のグループが暗躍している。なかには、日本の暴力団と結託している中国人窃盗団もいる」(捜査関係者) 熟練工のようなピッキングの技 とくに中国人グループの犯行は組織的で、警視庁が昨年摘発した中国人窃盗団は、本国でピッキングの訓練を十分積んでから来日していたことがわかったという。  捜査関係者によれば、中国人窃盗団の中に、天才的なピッキング技術を持つ「先生」と呼ばれる中国人の男性がいて、窃盗団のメンバーにカギの構造から開ける技術訓練まで、徹底した講習を行なっているそうだ。 昨年、東京都豊島区内で中国人窃盗犯のアジトが摘発されたときには、ピッキングに使う数十種の金属製特殊工具とドアノブ数種が見つかった。カギを開ける練習に使われていたとみられており、ここがまさに”泥棒学校”になっていたようだ。 注目されるのは、被害に遭った家のドアのカギが同じ形式に集中している点だ。窃盗団が主に狙うのは、写真にあるようなタイプ。カギの山の数が少なく、溝が浅い。  そしてこのカギに対応するドアノブ内のシリンダーは、「ディスクシリンダー」と呼ばれている。中は円筒状になっており、上下から数枚の板が出ている。カギ山と板がぴったり合えば、カギが開く仕組みで、窃盗団は、上下の板が本物のカギとあったような凹凸をピッキングで作り、カギをこじ開けるのだ。  あるカギ業者は、 「ディスクシリンダーが、全国で最も普及しているタイプ。プロが”ピッキング”を使えば、早くて5秒。どんなに遅くても数分間で開く」と断言する。 実際にこの業者に同じタイプのカギを開けてもらった。  2本の金属棒を「ガチャ、ガチャ、ガチャ」と3回出し入れすると、本当に5秒で開いてしまった。  あまりにも簡単に開ける事ができるので、カギをなくした人の家に呼ばれて開けるときには、わざと、「うーん、これは難しいなぁ」とつぶやいたりしながら十分間はかけ、「ありがたみ」を感じさせる”演技”をするそうだ。 このタイプのカギは、すでに7千万個がカギ市場に出回っているといわれている。とくに5割以上のシェアを占める美和ロック(本社・東京都港区)の普及型タイプが狙われているという。公団や大手分譲マンション業者を中心に、出荷されているためだ。「昭和30年代から同じ型のカギを出荷し続けているため、結果的にウチのカギが狙われているのは残念。中国人窃盗団は研究熱心で、このタイプのカギは泥棒の技術に負けている」(美和ロックの広報担当)  つまり、普及型タイプを使っている限り、窃盗団に太刀打ちできないわけである。そこで、美和ロックが勧めているのがより安全性の高い「高度な」カギへの交換だ。ディスクシリンダーでも、ノブ内の板の枚数を増やしたり、カギの山の切れ込みの深さを複雑にしたりしたタイプである。 「そうしたカギに交換すれば、ピッキングでカギをあけるのは、まず不可能。同じ集合住宅で一軒でもピッキングされたら、すぐに交換したほうがいいですね」 ただ、玄関のカギだけでは不十分で、警察ではベランダ側のサッシのカギなども二重にしたりして用心したほうがいいと、呼びかけている。  しかし、カギ業者は、これだけ空き巣が横行するのは、カギの構造的な問題だけではないと、指摘する。  「私はこの仕事を八年間やっています。しかし、マンションで一人でカギを開ける作業をしていても、一度も警察に通報されたことがない。ほかの住人は気に留めないのでしょうか」  不審者を目撃したら通報する―。当たり前すぎる話だが、住人たちの相互監視がいちばんの防犯のようだ。